ネットで見たんだけど、後悔することの1位は、下記らしい。
もっと冒険しておけばよかった
(もっと自分のやりたいことをすれば良かった等も含む)
実際問題として、やりたかったけどお金が無かったとか、子供がいるから無理できないとかの制約はあるだろう。それでもこういう後悔が発生するんだなあって思った。
僕の現時点での一番の後悔は、大学進学時に本当に勉強したい学問を選べば良かったってことかな。大学進学あたりから、人生の選択肢がどーんと増えると思う。それは大学に進学せずに働くって選択も含めたの話ね。僕は田舎の出身だから、中学・高校も選択肢はなかった。中学は家から一番近い公立中学校に行くしかないし、高校も学区内で偏差値の高い公立高校を目指す以外になかったんだ。田舎だから、私立の高校なんてのは市内にはなかった。
両親は高卒で、僕に大学進学させてあげるつもりだったから、僕がある程度は自分で進学先を選べたんだよね。なのに僕は高校時代に、あまり勉強しなかったんだ。もっと勉強して学びたい学問を目指せば良かったかなとは思う。まあ、根がクズだからそんなに素晴らしい人生となる可能性はなかったとは思う。でも、もっと好きなことをやりたかったかな。
じゃあ、その好きなことってなんだ?ってことになるんだけど、それは博打。日本では競馬などの公営競技以外の博打は禁じられている。パチンコとかもあるけれど、あれは張り額の上限が決まっているから一日で100万とかは勝てない。だから必然的に、相場の世界だけが残る。つまり、大学で金融工学やその類の学問を学びたかったんだ。その類の学問に僕の適性があったかどうかは分からない。でも適正があったかもしれないけど、チャレンジできなかったというのが後悔と言えば後悔だ。
それで、今からそういうのを学べばよいのでは?って思った。その手の書籍を買って読んだりはした。でも独学では全く歯が立たなかったんだ。二十歳頃なら理解できてのかも?っていうのが後悔かもしれない。
実際に賭け事をやってみると、確率的な結果に落ち着く。確率論自体が、賭け事から派生した学問ってのも聞いたことがある。なんらかの確率的な抜け道をみつけて、相場や先物で大儲けしたかったんだな。そんな気持ちもあって、そこそこ若い頃から相場を張っている。
残念ながら、その相場では満足のいく結果を出せていない。でも、その結果を出せていないというのは現時点での話。長生きして、まだまだ相場を続けられるかもしれない。だから大金持ちになる可能性は残っていると思う。でも仮に大金持ちになったとして、その時は高齢になっているだろう。スポーツカーを乗り回すなんてできない年齢だろう。それでもいい。利益金で贅沢できなくてもいい。死金になってもいいから、相場で十分な利益を出してみたいもんですな。
だったら努力をしているのか?って話なんだけど、ほとんど努力はしていない。上に書いた高校生時代の時と同じように、努力はしないんだ。努力はゼロではないけど、望みや目標に対して努力の量は小さい。だから目標が達成できなくても当然なんだ。
ネットで亡くなる前に後悔することってのを読んで、こんなことを書いてみた。まだしばらくは頭が回る年齢だと思うので、もうちょい頑張ってみようかな。退職後の手続きも一段落して、あとは介護の段取りくらいが残件だ。もう少しすれば、今よりもっとやることがなくなるはず。その時間を相場の努力に振り分けられるといいんだけど。。。

昨日は車を走らせて、競艇の場外売り場に行ってきた。最終レースの6号艇の減点は厳しすぎやしませんか?って思った。僕がバリバリに競艇やってた頃と違って、判定が厳しくなっていますな。