了の日付

とんでもないクズが書いてるブログです。スマホで撮った写真をアップしてます。

こんな世の中では純粋な僕は、、、

こんな世の中では純粋な僕は、アルコール無しには生きていけない。

 

なんてことを、青臭い三十過ぎの頃、考えてたりした。その頃、ヘビースモーカーだった僕は、アルコールとのツープラトン攻撃で夜な夜なラリっていた。それも雪深い片田舎で。そこそこ山も海も近かったから明媚ではあった。アパートにはCS放送を契約して、競艇チャンネルが見れるようにしていた。今思うと結構幸せだったかもね。だって嫌なこともあったはずだけど、楽しい記憶しか残ってないから。

 

ところでいま僕は、入退院を繰り返しながら治療中(計画的な入退院です。ずっと病院ってのもアレだから、自宅で療養したりもしている)。そんで病院にいる時は暇だから、色んなことを考えてしまう。明るい考えだけじゃなくって、暗い考えも出てくる。具体的にはなんでこんなことになってしまってるのか?失敗の原因はどこにあるのか?なんて事。つまり、どうやら僕は自分の人生に満足していないようなのだ。でもこれはずっと昔からでは無くって、アルコールを抜いてからの考え方。飲んでた頃は、けっこう自分の人生に満足していたんだよね。

 

じゃあ、また飲めばいいじゃん?ってなるんだけど、どうやらここから再飲酒してしまうと、本格的にヤバいことになるみたい。アルコール依存性の知識をつけたところ、僕はもう三途の川を渡りきっちゃってるみたいだから。これも飲んでる時は気づかずに、禁酒してから気づいた。この三途の川は引き帰れないらしい。なのでできることは、禁酒を続けるだけ。他の選択は無し。これはもう、はっきりしているみたい。じゃあアルコールに対して後悔があるかっていうと、不思議なことに感謝ことすれ恨みみたいなのはない。問題はなぜあんな飲み続けたのか?ということだからね。

 

アルコール依存性は、ある意味で特殊な病気らしい。それは、10〜15年ほどの期間、日本酒換算で毎日4合も飲み続ければ、だいたい誰でもなってしまうってところ。こういう類の病気はほとんど無いみたい。例えば暴飲暴食を続けても、必ずしも糖尿病に罹るとは言えないらしい。ということは僕は必然的にアルコール依存性に罹ったとも言える。でも上記の10〜15年の話は三途の川を渡り切ってから知ったんだけどね。

 

明らかな健康被害やその他諸々の社会的ダメージは受けているものの、まだ致命傷にはなっていない。ということは、欲をかかずに現状維持を目指せばいいんだな。ここからまだまだ、地獄の世界はあるみたいだから。くわばらくわばら。

 

(昨日の相場は、シコリ玉に売り玉建ててみた。どうなることやら。)